【巻頭特集2】辛い期間が長かった分、喜びは大きく(株式会社 大月酒店)

  1. コラム

【2020年夏号 巻頭特集】
乗り越えられない壁はない

辛い時期が長かった分、喜びは大きく

㈱大月酒店の大月社長は、㈱松本山雅の初代社長である。しかし、野球少年だった大月社長がなぜサッカーに関心を示したのか。そして、今まで最も感動したのは、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)昇格ではなく、その前の段階であるJFL(日本フットボールリーグ)昇格時と語るその理由とは。

大月酒店
 

野球ではなく、なぜサッカーだったのでしょう。

日韓W杯が開催された2002年、私は松本市青年会議所の副理事長を務めていました。そして、この松本市にはパラグアイのチームがキャンプを張り、私たちはボランティアの方々とパラグアイを応援していたのですが、その翌年です。私が青年会議所で理事長を務めた時、
「サッカーは地域を盛り上げる。ぜひ松本市にプロチームを」
との話が持ち込まれました。しかし、青年会議所の事業は一年単位です。
そこで、私たちはこう答えました。
「個人的にでよければお手伝いいたしますよ」
これが全ての始まりでした。
 
最初からJリーグにいける自信はありましたか。

選手は自身に満ち溢れていましたが、私たちは正直「こんな調子でJリーグに行ける日が来るのだろうか」と半信半疑でした。何も知らず、右も左もわからなかったのですから。
それでも、そんな私たちを助けてくれるサポーターがいて、ボランティアがいたのは嬉しかったですね。それに、私たちの想いに共感いただけた経営者の方々。
お恥ずかしい話ですが、とある監督と契約をしたものの、お支払いするお金がなく右往左往したこともありました。結局その時は、テレビ松本の佐藤社長に助けていただきました。佐藤社長に井上の社長や当時のアルピコの滝沢社長、エンジニアリングシステムの柳沢会長をご紹介いただき、何とかしのぎました。
振り返ってみれば、困った時は常に天からの助けが舞い降りました。いつでも何とかなっていたのです……
松田直樹の死以外は。
あの時ばかりはどうにもならなかった。私も子を持つ親として、本当にマツのお母さんに申し訳が立たなくて。
もしAEDがあったなら。
もし医療スタッフが帯同していたら。
そんな後悔、無念ばかりです。
チームもバラバラになりました。
みんなマツへの気持ちが強すぎて、足並みが揃わなくなったんです。そこで、私たちはマツの言葉を繰り返すように心がけ始めました。
「Jリーグ昇格は我々の最大の目標だ。でも、まずはサッカーを楽しもう」
あのマツの言葉は、自然とチーm区を一丸としてくれました。
あの言葉があったから。
少なくとも私は、私たちがJリーグに昇格できたのはそのおかげだと思っています。
 
やはりJリーグ昇格は最高の瞬間でしたか。

とても嬉しかったですよ、目標が叶ったわけですから。ただね、私は地域リーグからJFLに上がった時の方が喜びが強かったですね。そこに至るまでには、本当に長い時間がかかり、当時は色んな方に厳しいお言葉をいただいたものですから。でもね、そんな辛い期間が長かったからこそ、一層喜びが大きかったんです。
このコロナ禍も随分長く続いています。しかし、それをくぐり抜けた時のことを想像してみませんか。きっと大きな笑顔が待っているはずです。
私の本業は酒屋です。いま、売上は前年の5割にも届きません。それでも、これは山雅との歩みで学んだことですが、地域に必要とされているのなら、何らかの形で誰かが支えてくれるはずです。ですから、私たちはお客様の喜びが何なのか、それをただただ追及するだけであって、これからも私はそうやって生きていくつもりです。

 
- 取材協力 -
株式会社 大月酒店
大月 弘士

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