【2020年夏号 巻頭特集】
乗り越えられない壁はない
父の突然の死を乗り越えて
明治45年より鋼材卸売業を営む上條鋼材㈱。その4代目・上條隆章社長は、今では松本を代表する経営者の一人だが、社長就任当初は経営はもとより業界についても素人の青年だった。そんな青年は何を思い、なぜ社長になったのか。そして今、地域経済を牽引する企業の社長として何を考えているのだろうか。
社長就任までの経緯についてお聞かせください。
上條鋼材は祖父が初代、父が2代目の鋼材商社です。ですから、私もいずれは継ぐだろうと思っていましたが、父には「30歳までは社会勉強を兼ね、好きなことをするといい」と言われてました。そこで、私は縁あって広告代理店で働いていました。
楽しかったし、やりがいもありました。でも、24歳の時です。実家に電話しろ、とポケベルが鳴り、実家に電話をすると、今度はすぐに病院へ行け。そこで病院へ飛んで行くと、待ち受けていたのは父の死でした。
それでいきなり社長に?
いいえ。入社当初は業界について知らなさすぎました。まずは4tトラックで鋼材を配送していました。
しかし、平成10年です。3,600万円の約束手形が焦げ付き、経営危機が訪れます。途端に眠れなくなりました。金融機関を始め、あらゆる書類に実印を押していましたから。
本当に恐ろしかった。
でも、だから申し出ました。社長をやらせてほしいと。どうせ首をくくるなら、自分の責任で、そう思ったのです。
今思えば無茶苦茶です。鋼材についても、経営についても素人でしたから。それでも誰も反対しなかったのは、父が多くの人に愛されていたからでしょう。
「君のお父さんにはお世話になった。そのご子息なら支援する」。
当時、そんなありがたいお言葉をどれだけ頂戴したことか。
本当に、自分でも運がいいと思います。そして、ただただ当時の役員、社員、お取引先、そして家族には感謝するばかりです。
今、最も意識していることは何ですか。
存在意義です。
当社の経営理念は「より豊かな生活空間の創造」です。地域やお客様は勿論、社員も豊かでなければなりません。
にも関わらず、平成29年12月1日です。社員がトラックから転落しました。私はその報告を受けた時、反射的に「頭は?」と訊ねたのですが、「足の骨折で済みました」と聞き、あろうことか安堵してしまったのです……経営者としてあるまじき姿です。
足の骨折で済んでよかった?そんな訳ない。鋼材屋なら骨折くらい当たり前?馬鹿を言うんじゃない。
怪我を甘く見る会社が社会に必要か?それからです。私は豊かさを創造するための安全第一について真剣に考えるようになりました。
経済より命、というわけですね。
どうでしょう。
命を守るためあらゆるリスクを排し、人生の豊かさを放棄する。または、命を削って働き、家族や仲間と疎遠になる。思うに、人生はそんな二者択一ではないはずです。
多分、大切なのはバランスです。人は自分の年齢や家族構成などに応じ、その都度バランスを取っています。おそらく新型コロナで置かれた立場も人それぞれ。ゆえにどんな行動をとるべきかは、各々の環境に応じたバランス感覚次第でしょう。
足元に揺るぎない地面があればなんとかなる。だから、地道に足元を見つめながらバランスを取る。
そうやって「命と経済」という命題に向き合い、より豊かな生活空間を創造する。それが私の歩むべき道と考えています。
- 取材協力 -
上條鋼材 株式会社
上條 隆章
http://www.kamijo.net/