相澤病院の「健康があいことば」
前立腺がんで怖いのは、進行が遅いと思われていること。
対策が遅れるということ。
欧米に多い前立腺がんを、日本で頻繁に聞くようになったのは最近のこと。進行が遅いという噂だけで、まだその全容は見えてきません。相澤病院は前立腺がんにどう向き合っているのでしょうか。
相澤病院の「健康があいことば」vol.25
▼目次
1. がんはがんでも、前立腺がんは少し特殊。
2. 前立腺がん=進行が遅い というわけでもない。
3. 治療にもリスクはあるが、拙速な判断は、もっとハイリスク。
1.がんはがんでも、前立腺がんは少し特殊。
肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、子宮がん。これらは「5大がん」と言われ、対象年齢ともなれば検診を受けていて当然という節がある。前立腺がんはどうだろうか。泌尿器科の矢ヶ崎医師に一から前立腺がんを訊ねる。
ーー前立腺がんは珍しい病気なのでしょうか。
日本では昔は珍しいがんでした。しかし、私が医学部を卒業した1995年頃から罹患者数は増加の一途をたどり、近い将来、男性の死亡者数が肺がんに次ぐ第2位になるのではと予想されています。
もはや前立腺がんは、珍しいがんではなくなったのです。
ーー時代の変化に伴う特徴があるのでしょうか。
食生活の欧米化です。まるで、大腸がんの増加に呼応しているかのようです。もっとも、前立腺がんは男性ホルモンに依存する男性特有のがんです。以前は高齢の方に多いがんでしたが、最近では 代からの罹患も目立ちます。男性は誰もが注意すべきでしょう。
症状は他のがん同様、初期段階ではほぼありません。進行してくると、排尿障害や血尿などがみられ、痛みを伴うとなると、かなり進行している可能性があります。
厄介なのは、前立腺がんは乳がんのように骨に転移しやすい危険ながんであること。しかし、進行が遅いという特徴も持ち合わせていることです。
2.前立腺がん=進行が遅い というわけでもない。
進行が遅いというのは、一見、喜ぶべき特徴に見える。が、実は侮れないと矢ヶ崎医師は指摘する。
ーー先ほど、前立腺がんは進行が遅いとおっしゃいましたが。
はい。しかし、全ての前立腺がんで進行が遅いわけではありません。比較的進行が遅いケースがある。それだけのことです。
そして、私はこの点について声を大にして言いたい。
確かに、進行の遅いケースが多い印象ですが、一方で進行の速いケースも目立ちます。その場合、予後も悪いと言わざるを得ません。また、骨転移は直ちに生命を脅かすものではありませんが、骨折や麻痺を引き起こします。全身の機能が落ちることになり、生活の質にも大きな変化をもたらします。
ーー前立腺がんは予防できるのでしょうか。
もちろんできます。食生活の見直しがそれにあたりますが、前立腺がんの場合、二次予防といって検診が重要になってきます。必要なのは、できるだけ早期のうちにがんを発見することです。
前立腺がんにはスクリーニング検査としての前立腺腫瘍マーカー(PSA検査)があります。腫瘍マーカーは血液検査ですから、採血だけで検査できる、容易で安全な方法です。自治体でも実施していますし、相澤健康センターの人間ドックでは、50歳以上の方であればコース内です。
3.治療にもリスクはあるが、拙速な判断は、もっとハイリスク。
前立腺がんの世界では、2012年にロボット支援手術、2018年に陽子線治療が保険適用となった。このように、前立腺がんの治療には先進的な技術の導入が目まぐるしい。患者は、これらの治療法をどう捉えていけばよいのだろうか。
ーー代表的な前立腺がんの治療について教えてください。
まず、手術がありますね。がんを物理的に取り除く治療法です。最大の特徴は、根治が見込めること。しかし一方で、体を切り開くわけですから、尿失禁や性機能障害などのリスクを伴うことが悩ましいところです。
今では開口部が7〜8 と小さくて済む小切開手術が普及し、患者さんの負担やリスクも大幅に軽減できるようになりました。ただし、それには医師の熟練した技術を要するため、近年、その技術をスムーズに実現できるロボット支援手術を導入している病院も増えています。
ーー手術以外の治療法はどうなのでしょうか。
放射線治療があります。
メリットは、切開しなくていいので通院で治療できる点。しかし、正常細胞にも放射線が当たってしまうため、出血などの放射線障害がデメリットとして挙げられます。
相澤病院にもある陽子線治療ですと、放射線治療より、さらにピンポイントで放射線を当てることができるために、合併症や後遺症も少なくなります。また、通院も通常の放射線治療より短い期間で済みます。
もちろんホルモン療法や抗がん剤といった化学療法もありますし、積極的治療を進めないという判断もあります。
ーー治療を諦める?
違います。先ほど、前立腺がんは進行が遅いケースがあると言いましたよね?悪性度が低く、寿命に悪影響を及ぼさないなら、治療をせず様子を見る。そういう選択肢もあるということです。これを監視療法と呼びます。
いくら現代の医学が進化したとはいえ、治療はやはりリスクです。不要な治療はやらないに越したことはありません。
ーー様々な選択肢があるのですね。
そうです。相澤病院には様々な治療法が揃っているので、選択肢と組み合わせが豊富です。だからといって、データやエビデンスだけで判断せず、私たちは許される限りじっくりと時間をかけて診察し、患者さんの生活様式や価値観などをお訊ねします。話が長くなってしまうこともしばしばで、次の患者さんをお待たせするようなこともありますがね。
でも、それは患者さんと共に最適な方策を導き出すために欠かせない段階なのです。
いくら最新の手段を揃えていても、その人に合わない、望まない道を選んだのでは、何の意味もありませんから。
前立腺がんは進行速度がまちまち。だからこそ、早期発見が大切です。そして、がんの特性を考慮し、患者さんの気持ちに沿った治療を進めていくこと。それが相澤病院の、私の使命です。
- 取材協力 -
相澤病院
泌尿器科 統括医長
矢ケ崎 宏紀
1995年日本大学医学部を卒業後、国立病院機構水戸医療センター(旧国立水戸病院)研修医、レジデントを経て、日本大学医学部泌尿器科学教室に入局。大学院では、日本大学病理学教室にて研究を行った。2005年より相澤病院泌尿器科に所属し、2013年より現職。
日本泌尿器科学会泌尿器科専門医などの資格を有する。
患者さんや家族にわかりやすい説明と丁寧な治療を心掛け、日々の診療にあたる。
相澤病院のサイトはこちら
http://www.ai-hosp.or.jp
ライター:上田雅也
※この記事は、コンパス第25号(令和2年6月30日発刊)に掲載されたものです。