苦痛をコントロールする医療「緩和ケア」

  1. 健康

相澤病院の「健康があいことば」
治療に我慢は要りません。
緩和ケアのない、そんながん医療は片落ち

過去三回の取材において、外科、化学療法科、放射線治療科の医師が「治療は医療の全てではない」との認識を揃って示した相澤病院。
ここにもう一つ、「緩和ケア」というものがあります。

相澤病院の「健康があいことば」vol.19

▼目次
1. 全くの誤解。「緩和ケア=人生の最終段階」
2. 治療は手段の一つに過ぎない。
3. 我慢は決して、美徳にあらず。

 

1. 全くの誤解。「緩和ケア=人生の最終段階」

緩和ケアが始まった、いよいよ死を迎えるということか。「緩和ケア」と聞いて、そう想像するのは難くない。しかし、その解釈に誤りはないのか。緩和ケア専門の野池医師に実態を訊ねた。
 
-- 緩和ケア=人生の最終段階なのでしょうか。
それは完全な誤解ですね。
日本のかん対策基本法は「緩和ケアはがんと診断された時から始めるべき」としています。しかし、一昔前は、治療の手を尽くしたら緩和ケアというのが主流でしたから、人生の最終段階だけに行うという誤解があるのかもしれません。
 
-- 実際、「緩和ケア」では何を?
苦痛のコントロールです。
苦痛は4つに大別できます。身体が痛む「身体的苦痛」、仕事や経済的な問題に代表される「社会的苦痛」、将来の不安や死に対する恐怖などの「精神的苦痛」、日頃の行いが悪かったからバチが当たってがんになったのでは、と思ったりする「スピリチュアルペイン」。これらを全人的苦痛といい、緩和ケアはこうした苦痛を和らげることを目的とした医療です。
 
-- なぜ緩和ケアは必要なのでしょうか。
逆に一つ質問しますね。人はなぜ、病院に行くのでしょう。そうですね、どこか痛むからですね。多くの方は痛みを取り除きたいから病院へ行きます。
ただ、がんは痛みだけではなく、様々な苦痛を抱えることがあります。それらも取り除きつつ治療する必要があり、したがって、緩和ケアは治療と両輪であるべきで、がん医療には欠かせないのです。
 

2. 治療は手段の一つに過ぎない。

緩和ケアの必要性はわかったが、野池医師が外科医からわざわざ転向してまで緩和ケア医を志すには、何か大きな転機があったと思えてならない。
 
-- 先生は医療の花形とも言える外科医から転向したと伺いました。
確かに、私は17年あまり外科医でした。当時はまだ、手術の他に、抗がん剤の指示も痛みのケアも、何でも外科医でやる時代でした。
でも、本音を言うと、私は患者さんとの対話に時間をかけ、悩みに寄り添う医師でありたかった。それに、相澤病院に来る前の話ですが、私がまだ外科医だった頃、それこそ周りにはご高名な先生方がたくさんいらっしゃいました。そんな先生方が手を尽くしても、救えない命はあった。
つまり、治療の限界です。
そんな折に緩和ケアと出会い、私は外科医から緩和ケア医への転向を決意したのです。
 
-- 治療の限界、ですか。
はい。残念ながら、現代医療では治せないがんは存在します。
また、耐え難い苦痛を伴う治療。これも治療の限界でしょう。なぜなら、医療の本来の目的は、快適な生活を取り戻すことだからです。
もし、治療に伴う苦痛が生活破綻させるなら、それは医療の目的から逸脱しています。治療は決して医療の全てではありません。治療は医療の目的を達成するための手段の一つに過ぎないのです。
 
-- 重要なのは、生活を考えた医療ということでしょうか。
相澤病院では、「生活の質」、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を重視します。
実は、死の間際まで積極的な治療を続けたからといって、必ずしもQOLが上がる訳ではないという研究結果があります。辛い副作用を伴う治療を思い切って中止して、緩和ケアに重点を置く。これによりQOLが上がることは珍しくない話なのです。
 
-- 緩和ケアがQOLを上げるという実証データはありますか。
ありますよ。下図は、標準的な治療だけを行った場合と、早期から緩和ケアを取り入れて治療した場合の比較です。

QOL比較
早期から緩和ケアを始めることで、QOLが高くなっていることがおわかりいただけるかと思います。
ただし、緩和ケアは開始時期より医療者や周囲の方々との関係性が重要です。良好な人間関係は、苦痛を訴え、取り除き、再び苦痛を生まないための重要な要素です。ですから、相澤病院では、苦痛を躊躇せずおっしゃっていただける環境整備にも注力しています。
 

3. 我慢は決して、美徳にあらず。

些細な悩みでも、少しの痛みでも訴える。そんなわがままなこと、本当に病院で、それも医療者に言っていいのだろうか。
 
-- 先生、患者が苦痛を訴えるのは難しいように思います。
承知しています。きっと私も逆の立場だったら、痛みを訴えることが最善だとわかっていても、結局あれこれ思案してしまい、自分から伝えることは難しいでしょう。そこで相澤病院では、予約表に「痛みに関する質問」を設けています。
日本人は昔から、我慢は美徳と考えがちです。そのため、痛みを取りに来た病院でも尚、その痛みを我慢する方がいらっしゃいます。しかし、それでは本末転倒です。
痛みを伝えることは恥ではありません。また、痛みを我慢してくださいと無下にする医療者もいません。ですから、痛みは躊躇せず伝えてください。病院は生活を取り戻すための場所なのですから。
 
-- 緩和ケア単独での受診も可能なのでしょうか。
病院にもよりますが、可能と考えていいでしょう。相澤病院に限らず、がん診療連携拠点病院は、緩和ケアの提供体制が整っています。
今のがん治療には満足しているけれど、どうも痛みが言い出しづらい。そんな時はセカンドオピニオンのように、他院での緩和ケアを利用してみてはいかがでしょうか。緩和ケアがない医療機関の場合、他の医療機関の緩和ケアで苦痛をコントロールするといった連携はよくあります。

これまで様々な医師がお話ししたように、治療にも限界があります。しかし、医療の可能性は無限です。医療を上手に使い、限りある人生を自分らしく、有意義に過ごしていただくことを願います。

 
- 取材協力 -
相澤病院 がん集学治療センター
緩和ケア科 統括医長
野池 輝匡
http://www.ai-hosp.or.jp/shinryo/a_center_1.html

相澤病院のサイトはこちら
http://www.ai-hosp.or.jp

ライター:上田雅也
※この記事は、コンパス第24号(令和2年3月30日発刊)に掲載されたものです。

本、出しました。

当サイトで最も高い閲覧数を誇る「今昔」。
それをさらに掘り下げ、書き下ろしました。

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