フリーペーパー「コンパス」【連載小説】 幸せのコンパス(第6話)

  1. コラム

フリーペーパー「コンパス」【連載小説】 幸せのコンパス(第6話)

日向穂志は、北を指さない不思議なコンパスを持っています。では、そのコンパスはどこを指すのか。それは、掌に乗せた人が願っているものの在り処です。日向は、そんなコンパスを使って、困っている人を導いていきます。
フリーペーパー「コンパス」でお馴染みの連載小説「幸せのコンパス」をお楽しみください。

 

——登場人物—————

日向 穂志(ひなた ほし):僕。主人公。北ではなく、幸せの方角をさすコンパスを持つ。

日向 月子(ひなた つきこ):主人公の妻。

長田 将大(ながた まさひろ):ながた寿司の店主。保志・月子と同級生。40歳。

後藤 一樹(ごとう かずき):巨大企業「後藤建設」の長男。通称・ゴッド。

堀内 玲一(ほりうち れいいち):幼馴染

堀内 桃子(ほりうち ももこ):幼馴染。玲一の妻

——————————–

 
幸せのコンパス(第5話)

物事に何でも白黒つけたがる、いわゆるオセロ気質の人間はたくさんいる。そして、そういう人は世界を何でも二分したがる。あんこはつぶあん派かこしあん派か、冬はエアコン派かコタツ派か、タイムトラベルするなら過去か未来か。とにかく二者択一で迫るタイプだ。
僕の妻・月子はまさにそういう話が好きな女性で、僕が彼女の部屋を訪ねた時もそうだった。彼女の部屋といっても僕たちは二世帯住宅に住んでいて、中は繋がっていないから一旦は外に出なければならない。僕は一階、彼女は二階。本当は妻の家になど行きたくなかったけど、どうしても玲一が教えてくれた「俺たちのタイムカプセル」が気になって、僕はしぶしぶ月子の家のドアを叩いた。およそ3時くらいのことだった。
「何か用?」ドアが開くなり月子は不機嫌に言った。「いま友達が来ているんだけど」
だから来たくなかったんだ……と僕は思いながらも、それは悪かったね、また出直すよ、と謝ると、奥から女の人の声がした。
「いいじゃない、紹介してよ、あなたの旦那。とても興味があるんだけど」
えーっ、と月子はためらったが、奥から「私とあなたの仲じゃない」と言われて、それで気が変わったらしい。僕は久しぶりに妻の家へ入ることを許された。
「私は浮島早苗。月子と同じ脳外科医よ。歳も同じ40歳」
早苗は髪が長い美人だったが、早口で話す様子から気は短そうに思えた。実際、僕が「月子の夫の穂志です」と自己紹介すると、待ってましたとばかり、すぐに質問してきた。
「ところで、さっきまで醤油とソースについて話していたんだけど、穂志さんはどっち派?目玉焼きには醤油?それともソース?」
「醤油だよ」と僕が答えると、早苗は次に月子に訊ねた。
「ねえ月子。あなたにとっての本物さんはどっちだった?」
「ソース。私の知っている穂志は、目玉焼きにも豆腐にもソースをかけていた」
僕はたまらず口を挟んだ。
「あの、本物か偽物かは、誰にも言わない話じゃなかったの?」
「早苗は特別」と月子は笑った。「親友だから全部話したわ。なぜあなたと結婚したのか、その理由もね」
「そうなんだ。でも、僕は自分を本物だと思っているよ」
「それはあなたの考えでしょ?少なくとも私はそう思ってない。20年前の事故で、あなたは誰かと入れ替わった。中身だけね」
「何度も言うけど、そんなことはありえないでしょ」
「でも、ソース派がいきなり醤油派になった」
「味の好みなんていつでも変わるさ」
「どうかしら」と、今まで黙っていた早苗が口を開いた。「私のお父さんは今年で66だけど、相変わらず醤油好きよ。朝食なんて、毎日醤油かけご飯だわ」
「ごはんに醤油をかけて食べるの?」
と僕が確認するように訊ねると、早苗は頷いた。
「そうよ。お母さんが亡くなって毎日ふさぎこむようになったけど、それでも朝ご飯は変わらないわ」
月子はちょっと淋しそうに言った。
「お母さんが亡くなって、そろそろ一年?」
早苗はゆっくり頷いた。
「そう。一体いつになったら元気が戻るのか。本当、男はダメね」
早苗はそう言って笑って見せたが、その笑顔はとても寂しげだった。
それで僕は話題を変えて月子に訊ねた。
「ところで、道夫って覚えてる?」
「道夫?」月子は首を傾げた・「覚えてないけど、どうして」
僕は月子に順を追って話した。玲一が自宅の庭でタイムカプセルを見つけたこと。そのタイムカプセルには僕たち夫婦と玲一夫婦、それにゴッドと将大と<道夫>の名前が書かれていたこと。そして、全員が揃うまで開けるべからず、と注意書きがあったこと。それらをなるべく手短に説明した。
「そんなもの、簡単じゃない」月子は言った。「道夫さん、だっけ?その人をあなたのコンパスで探せばいいのよ」
早苗が不思議な顔をした。
「コンパスで探し出す?どういうこと?そのコンパスは探し物を見つけてくれるの?」
「正解。この人のコンパスは、探し物のありかを指し示す不思議な力を宿しているの」
「じゃあ、私のお父さんの探し物も見つかるかしら」
多分、と僕が答えると、早苗は言った。
「お父さんは老舗和菓子屋<辰や>のお饅頭が好きなんだけど、私が買って帰ると食べないわけ。お母さんが買ってきていたものと違うそうで。だからね、これはお願いなんだけど、もしそんな不思議なコンパスを持っているなら、私のお父さんが食べたがっているお饅頭を探してくれないかな。元気になったらなったでうるさいけど、やっぱり塞ぎ込んだお父さんは見たくないんだ」
もちろん、と僕が頷くと、じゃあ決まりね、と月子が言った。そして、僕らは早苗の自宅へ向かった。
 
早苗の自宅に到着すると、彼女の父親は仏壇の前で正座をしていた。彼は遺影に向かい何かつぶやいていて、僕たちが来たのにすら気付かなかった。お父さん、お父さん!父親は早苗が肩を揺すってやっとこちらを振り向いた。
「おお、早苗か」父親は早苗の顔を見ると、おもむろにお供えの饅頭を手にとって、言った。「いま、お母さんに聞いていたんだけど、この饅頭も違うみたいだぞ。本当に、お母さんはどこで買っていたんだろうな」
「その件なんだけど、こちらの人が解決してくれるわ。穂志さん、って言う人なんだけど、言われた通りにやってみて。きっとお母さんが買って来ていたお饅頭が見つかるから」
本当か、と早苗の父は僕の顔を見た。そして、僕が本当ですと答えると、顔を急に柔らかくして笑った。
僕はコンパスをポケットから取り出し、早苗の父の手の中に押し込んだ。何をするんだ?と早苗の父はいぶかしんだが、僕が「目をつぶって心の中でお饅頭を思い描いてください」と言ったら素直に従った。きっと昔は頑固だったのだろうけど、妻に先立たれ文字通り気力を失ったのだろう。どうにか思い出のお饅頭を探し当てたい。僕は心の底からそう思った。
三十秒ほどコンパスを握ってもらってから、僕は早苗の父の手を開いた。すると、コンパスは<辰や>とは反対の方向を指していた。
「嘘でしょ?<辰や>のお饅頭じゃないの?」早苗は口に手を当てて驚いた。
「でもそっちの方角に和菓子屋なんてないけど」
僕はコンパスの指し示す方角をじっくりと見渡した。このコンパスは人間と違って間違わない。台所があって、テーブルがあって、戸棚があって……と、そのとき僕はハッとした。そうか。そういうことか!そういえば、早苗の父は僕と同じだ!
僕は早苗の父からコンパスとお饅頭を取ると、台所へ向かった。そして、お饅頭に小さな魔法をふりかけ、皿に乗せて彼に渡した。早苗の父は一口かじると、静かに大粒の涙を流し始めた。
「そうだよ、これだよ。この味だよ、お母さん」
早苗の父はそう言うと、仏壇に向かって肩を震わせた。
「この饅頭、お前といくつ食べたっけなあ。懐かしいなあ。これからも一緒に食べような。今度は俺が毎日用意するから」
早苗はそんな父を見守りながら泣きじゃくっていた。月子は早苗の肩を抱いて泣いていた。
僕は、家族っていいな、と一人寂しく思った。そして、醤油の力ってすごいな、とひと知れず感心した。
 
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③ 幸せのコンパス 第3話
④ 幸せのコンパス 第4話

 

 
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