【心の相続】実の親子で、同じお墓に入れないケースとは
同じお墓に入れない。入りたくない。最近のお墓事情はめまぐるしく変わってきています。夫婦で同じお墓に入りたくない。そんな方もいるようですが、それは個人の自由でしょう。しかし、実の親子で、同じお墓に入りたくても入れないのは問題ではないでしょうか。蔵エンタープライズの板倉さんに伺ってきました。
コミュニケーション から始まる心のキャッチボール
同じお墓に入りたくない。そんな夫婦が増えています。しかし一方で、実の親と同じお墓に、入りたくても入れない人がいます。例えば、独身の女性Aさん。両親が亡くなった際、兄のBさんが実家を継いだのですが、当時のBさんは経済的に困窮していました。そこで、実家を継いでいないAさんがお金を出して、両親のお墓を建てました。
その後、Bさんが亡くなり、その奥さんも亡くなって、実家はBさんの息子Cさんが継ぎました。一方、Aさんは老人ホームで生活をしていたのですが、兄の死もあって、いよいよ自分の死後についてCさんに伝えます。
「私が死んだときは、両親や兄と同じお墓に入れてね」
しかし、Cさんはその申し出を断ります。
「Aさんが、自分の母親を泣かせているのを見た。だから、母と同じお墓に入れたくない」
おかしな主張だ……と、そう思う方は多いことでしょう。しかしこの場合、法的にはCさんの主張が保護されます。お墓を使用する権限は、そのお墓に関する『祭祀承継者』だけにあるからです。誰がお金を出したか、ではないのです。
実は、これに似た切ない問題が至る所で起きています。そして、それらの原因は共通しています。日常生活における「会話不足」です。実際、今回のケースでも(最終的には、Cさんが説得に応じ、Aさんがお墓に入ることは快諾いただけましたが)、Bさんが息子のCさんに「あのお墓は妹のAが建ててくれたんだよ」と話していれば、おそらくCさんはAさんの申し出を拒みませんでした。
いま、本当に会話不足が深刻です。会話不足により、誰かの死をきっかけとなって、憎しみ出す日本の家族が急増しています。家族で話すことなどない?そんなことはありません。意味のない会話でいいんです。言葉のキャッチボールを続けていれば、知らず知らずの間に、心のキャッチボールは始まるものなのです。
財産の相続は「死」によって開始します。しかし、心の相続は「いつでも」始められます。あなたの死が、あなたの家族を崩壊させないために。そのためにも、ぜひ会話をしてください。
― 取材協力 ―
蔵エンタープライズ
代表 板倉 富男 氏