宿 の今と昔を比較しよう ~ 宿料は薪代から始まった?! ~

宿 の今昔

 
今では、当たり前のようにお金を払い宿に泊まります。しかし、古代から現代に至るまで、多くの人が自宅に旅人を泊めてあげていた、との話を耳にしたこともあります。とは言え、宿泊施設は最近でき始めた訳ではありません。が、誰でも泊まれた訳でもありません。そこで今回は、宿の今昔と題して、宿泊施設の軌跡をたどってみました。
 
宿

◇ 宿の始まりは駅

日本の宿の起源は「駅」です。古事記や日本書紀によれば、要地には「駅舎」という宿泊施設が設けられていたそうです。しかし、そこを利用できたのは政府要人のみでした。庶民が利用できたのは、平安時代、仏教徒が一般旅行者の病人や飢餓者に慈悲を施すために造った「布施屋」だけでした。
 

◇ 宿は無料だった

鎌倉時代に入ると、宿の歴史は急速に進展します。源頼朝が宿奉行を設け、全国の宿の統制と管理を試みたり、室町時代には、幕府が「宿屋」として指定公認する「兜屋」が登場します(公認を受けた宿屋は玄関に兜を掲げたため、「兜屋」と呼ばれました)。しかし、その時代でも「宿料」は存在せず、宿泊者は礼儀としてチップを支払うだけでした。
 

◇ キチンが始まり

宿が正式にお金を請求するようになったのは、安土桃山時代に広まった木賃宿(きちんやど)からです。ただ、その時の名目もまだ宿泊費ではありませんでした。「木賃」といって、お湯を沸かすための木(薪)の代金でした。「宿料」として旅人が支払うようになったのは、江戸時代に入ってからです。食事を提供する宿泊施設「旅籠(はたご)」が普及し始め、ようやく日本に「宿代」という概念が誕生したのです。
 

◇ 心の宿

古代から近代にかけては、多くの人が自宅に旅人を泊めてあげたそうです。しかし、今はこんな時代です。知らない人を自宅に泊めることなど、もってのほかです。
ただ、逆に今がこんな時代だからこそ、心の宿を求めている人は多いはずです。人生にちょっと疲れた。そんな人を見かけたら、声をかけてあげませんか。私たちは皆、人生の旅人です。と同時に、私たちは皆、心の宿の主なのですから。

 
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