お米 の今と昔を比較しよう ~ 強飯・姫飯・銀シャリ。呼び名と共に変わるお米の食べ方 ~

お米 の今昔

 
古くから日本人の主食と言えば お米 です。そんなお米でも、食し方は時代によって異なります。そこで今回は、お米の今・昔を比べてみました。時代背景と共にお楽しみ下さい。
 
お米

◇ 腹持ちのいい玄米

その昔、日本では玄米を食べていました。しかし、「炊く」のではなく「蒸して」食べていました。強飯(こわいい)と呼ばれるもので、おこわの原型です。とても堅かったようですが、腹持ちは非常に良く、そのため当時は一日2食でした。
鎌倉時代ごろに、鉄の鍋が普及します。この頃から米を「炊く」ようになり、玄米を精米して、「白米」や「半突き米」にして炊く「姫飯(ひめいい」)」が生まれます。「柔らかくて消化にいい」と、まずは上流階級に広まります。
 

◇ 銀シャリ

戦国時代の武士は、普段は玄米を一日5合ほど食べていたようです。ただ、「消化が良くてすぐにエネルギーになる」と、合戦の時には「白米の姫飯」を食べていたようです。
江戸時代になると、白米は江戸で広く普及します。玄米に比べ消化が良かったことから、この頃より一日3食の習慣が始まります。しかしそれと同時に、「江戸患い」という病気も流行します。今で言う「脚気(かっけ)」です。玄米に含まれるビタミンが摂取できなくなり、ビタミン欠乏症に陥った結果でした。
それでも白米は全国に普及していくのですが、太平洋戦争が始まると事態は一変します。食料不足が起こり、政府から玄米食が推奨・強制され始めます。
一方で、そんな時代には、白米は「銀シャリ」と呼ばれ、「ご馳走」「高級品」として認識されていました。
 

◇ 末広がり

現代では、玄米を嫌う人は多数いますが、健康志向の高まりから、あえて玄米食を選ぶ人も多くいます。米寿の由来もそうですが、「米」という漢字には「八」が二つ入っています。末広がりを意味する漢字が二つも、です。素晴らしい明日をつくるためにも、TPPも含め、わたし達はもっと「米」について考えるべきなのかもしれません。

 
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