土に還る骨壺

土に還る骨壺とは。なぜ人は土に還りたがるのか。そして、樹木葬の意義とは。陶芸家・西村四郎氏と一緒に考えます。

 

Ⅰ.  土に還る骨壺とは

土に還る 骨壺は、お骨を土に還す骨壺です。通常保管では形崩れしませんが、湿度の高い納骨堂では自然と崩れ始め、およそ三回忌までには骨壺もお骨も土へと還ります。陶芸家・西村四郎氏が手掛けており、西村氏の事務負担を軽減するため、コンパス編集部がお問い合わせ・注文窓口となってお手伝いしております。
 
土に還る骨壺
 
金額は、29,800円(税抜き)
※絵入れは3,000円(税抜き)〜
 
陶芸家・西村氏に作ってもらっても、西村氏の手ほどきを受けてご自身で作られても、金額は同じです。
 
ご相談・ご質問は、お気軽に「土に還る骨壺の件で」と、イオジャパンまでお電話いただくかお問合せからご連絡ください。
 
電話番号は 0263-87-1798 です。

 

 

Ⅱ.  よくある質問

「どれくらいの期間で土に還るのですか」
>>およそ三回忌くらいまでには土に還ります。
 
「どのくらい保管できますか」
>>よほど湿度が高い空間ではなければ(通常の生活環境での保管なら)、半永久的に保管できます。
 
「ペットの骨壺もお願いできますか」
>>はい。人間と同じように見送ってあげてください。
 
「絵やお経を書きたいのですが」
>>絵もお経も描けます。

 

 

Ⅲ.  土に還る骨壺が生まれた経緯

平成11年のことです。西村氏はとある福祉施設で陶芸教室を開催していたのですが、その噂を聞きつけて一人の女性が訪ねてきました。当時、その女性は78歳。彼女は明るい笑みを浮かべ、西村氏にこう言ったそうです。
 
「骨壺をつくりたいので、手ほどきをお願いしたい」
 
その申し出に、西村氏は多少驚きながらも快諾します。というのも、ちょうど「土に還る骨壺」を作ろうと思っていたからです。
 
骨壺と言えば、一般的には瀬戸物製です。ですから、お骨は納骨堂に納められた骨壺の中で、半永久的にそのままの状態です。そして、いずれお墓の中がいっぱいになった際は、骨壺を取り出してそれを壊し、再度お墓に戻す作業が必要になります。西村氏にとって、その行動は本当に切ないものであり、かねてより違和感を覚えていたそうです。そして、それは多くの方と共通した悩みだったと気付きます。
 
「骨壺は誰が壊すのか」
 
「骨壺の破片はどうするのか」
 
「どのようにお骨を移動させるのか」
 
人によっては一度もお会いしたことのない方の骨壺を壊すこともあるそうで、西村氏は自分の経験を重ね合わせ、ちょうど「どうにか土に還れないものか」と考え始めていた折でした。そして、彼女との骨壺づくりが始まり、彼女は二ヶ月間利用者として通い、土に還る骨壺を完成させます。
 
そうです。これが「土に還る骨壺」の始まりです。(ちなみに、このおばあちゃんは今も元気だと聞いています)

 

 

Ⅳ.  陶芸家・西村四郎氏と考える

〈目次〉

第一話 なぜ今、土に還るなのか
第二話 骨壺はお守り(土に還る骨壺誕生秘話)
第三話 陶芸を楽しむ
第四話 骨壺に込める想い
第五話 思い出を希望の船に乗せて
第六話 骨壺を買い出しに

 

 

第一話 なぜ今、土に還るなのか

1. 土に還りたい
 
樹木葬とは、墓石に代えて花や樹木を墓標とし、遺骨を直に地中へ埋葬するお墓のスタイルです。散骨のような「自然葬」と混同されがちですが、法律により、許可された区域内でしかできません。樹木葬は家単位ではなく、個人単位で求めることができるお墓です。そのため、継承者が不要とあって、子どものいない夫婦や生涯独身の人、子どもがいても「死後に墓の世話をかけたくない」という人には主要な選択肢の一つとなっています。また、墓標として植えられる花樹に転生のイメージがあり、「土に還りたい」「自然に還りたい」という想いを強くお持ちの方も高い関心を示しています。
 
そんな中、松本市は墓標となる木を一本植え、県内初となる公営の樹木墓地の運営を29年度から開始します。これにより、「土に還りたい」と思われる方は増えることでしょう。
 
2. 土に還る骨壺
 
僕は以前から「土に還る」ことに人間らしさを感じており、「一切焼かず、うわぐすりもかけない。墓の中に入れると湿気を吸って崩れ、一周忌を迎える頃には、骨が土へ還る」、そんな骨壺を作っています。というより、皆さんに作り方を教えて自分自身で作っていただいています。佐藤さんはその一人です。
 
「カタチあるものは全てなくなるのに、人骨だけ永遠に残るのには違和感を覚える」
 
佐藤さんは、そんな想いを抱いていたことあって、亡くなられた父とご健在の母、それに自分の骨壺を作りました。
 
「土をこねている間はひたすら無心になることができ、カタチを整え始めると無性に愛おしさを感じるようになりました」
 
亡くなった父の納骨を済ませ、ご挨拶に来た佐藤さんの顔はとても晴れやかでした。
 
僕は人間が土に還るのは本来の形だと思っています。自分で骨壺を作る。家族が作る。日本人らしい新たな旅支度に、役に立てたら嬉しいです。

 
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第二話 骨壺はお守り(土に還る骨壺誕生秘話)

~「土に還る骨壺」の誕生秘話~
 
「土に還る」 骨壷 を、私が初めて作ったのは今から十五年以上前の話です。80代の知人女性に依頼されたのがきっかけでした。
 
土に還る 骨壺
 
それからしばらくして、80歳の母親が重い病気で入院しました。私は母の死を覚悟し、母のために骨壷を作りました。が、それがお守りになったのでしょうか。完成してから五年間は「その時」はやって来ませんでした。
 
二人の姉兄にも、「欲しい」と言われていました。しかし、二人にはまだ「その時」は来ないと思っていたので後回しにしていると(それがまずかったのでしょうか)、この冬のことです。私はその二人を、ほぼ同じ時期に失いました。しかし二人は今、自分たちの意思通り土に還ろうとしています。私の手元には、自分の分と妻の分があったからです。ですから一切の後悔はない・・・とは言えませんが、身内が土に還るためのお手伝いができたことにはホッとしています。
 
今まで、私は多くの人に「土に還る骨壷」を作ってきました。色んな方が取材に来ては、そのたび話題になり、月に五十個以上の注文を受けたこともあります。しかし、どれだけたくさん作っても、ご依頼してくる方の心情は一つとして同じものはありません。完成品を笑顔で受け取る方もいましたし、涙を流す方もいました。それぞれ感動をしました。夫婦で冗談をいいながら遠方はるばる来る方もいれば、数日間こちらに通って、真剣な面持ちで自分で骨壷を作る方もいました。
 
おそらく人それぞれに、大きな想いが色々とあるのでしょう。ただ、土に還るということは、母なる大地へ還ることです。きっとどこかに、安心感を覚えてくださっていることは間違いありません。
 
ひとりでも多くの方が、おおきな安らぎと安心に包まれますように。
 
私はそれを祈りつつ、今日もろくろに向かいます。

 
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第三話 陶芸を楽しむ

日本が「土葬の禁止」を謳い始めたのは昭和23年でした。母にそんな話をしたら、「熱くて嫌だ」なんて言っていたのを思い出します。その母が亡くなったのは昭和24年でした。この時は、死んで土に還ることが、大事なこととは知りませんでした。そのため、土に還らない壺で納骨しました。お墓の中には、今でもそのまま残っています。近いうちに土へ還したいと考えています。
 
陶芸
 
僕が、「人の最後は土に還してやらなければ成仏できない」と言い出したのは15年以上前になります。僕の一族では、壺を破壊し、遺骨だけを納骨することが習慣になっていました。この行為を、長いこと見てきた僕は、「なんとかわいそうなことをするのか」と葬式のたびに思ってきました。本家の家長は、これが土に還す手段だとつぶやいていました。
 
そんな時、僕の教室に「陶芸を教えて下さい」と老婆が来ました。何を作るのか尋ねると、「私の骨壺です」とはっきりした口調で言いました。そうだ、これが土に還る骨壺だと思いつきました。二週間ほどかけて気に入った骨壺を完成させ、元気に持って帰りました。この時、彼女は78歳と言っていましたが、聞けばいまだに使用していないとのことです。お守りになっているのでしょうか。
 
この出来事があって、僕は土に還る骨壺を作ることになったのです。その後間もなく、僕の義母が危篤になり、後3日くらいだろうと医師に言われました。85歳の年齢から考えて最後を覚悟して、何かしてあげたいと考えた末、骨壺をプレゼントしようと考え、数日間で仕上げました。その後、数日で退院となり、まさに奇跡が起こりました。そして、義母はそれから5年生きました。このことは、骨壺がお守りになり、奇跡が起きたと大勢の人が言っていました。僕もそう思いました。それから4年後、お墓の納骨堂をのぞくと既に義母は土に還っていました。たぶん、もっと前に還っていたと思われますが……。
 
このことが有名となり、新聞やテレビで報道され、多量の注文がくるようになりました。この反響で、多くの人が土に還りたいと思っていると安心しました。今では、「自分の壺」、「親の壺」を作りに来る人達が大勢くるようになりました。その人達の人生のドラマも沢山あり、僕を感動させてくれました。このドラマの感動をドラマ集にして希望者に差し上げました。
 
感動のドラマ集は、次号以降から順に紹介していこうと思います。

 
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◇ 第四話 骨壺に込める想い

土に還りたい。そんな思いを胸に、「自分の骨壺」、「親の骨壺」を作りに来る人達は大勢います。そして、その人達にはその人達のドラマがあり、感動させられます。僕は、そんなドラマの感動を他の人にも伝えていきたい。そう思い、ドラマ集を作成し、希望者へ差し上げています。今回は、その中でも最近、僕が感動したドラマをご紹介したいと思います。
 
想い
 
ある冬の寒い日に、小学一年生くらいの女の子を連れたお母さんが訪ねてきました。
 
「新聞に〈土に還る骨壺を作っている〉とありましたが、注文できますか」
 
話を聞いてみると、七年前に関西の地で亡くした旦那さんの遺骨を持って、故郷の松本市に帰ってきたとのことでした。今までは、アパートで遺骨を保管してきましたが、七回忌を迎えるため、実家の墓地にお墓をつくり、納骨したい。そんな思いを抱いていました。
 
そこで、僕は彼女に、
 
「実家のお墓へは納骨されないんですか」
 
と尋ねてみると、
 
「この子は主人の子なので、主人の家のお墓をつくりたいのです」
 
と毅然とおっしゃいました。
 
最後は家族が一緒になれますように。
 
そんな強い思いを感じ取った僕は、久しぶりにいいお話を聞いたと感動しました。
 
依頼された骨壺は、お墓の完成に合わせて作りました。そして、納骨の日の前日、お母さんと小さな娘さんが一緒に骨壺を取りに来ました。
 
「明日は、お坊さんを迎えて納骨ですので、今日、この子の父親の遺骨を二人でこの壺に入れ替えます」
 
そう言って帰っていく二人の後姿からは、七年の間の悲しみ、苦しみから抜け出し、やっと土に還すことができる安らぎを感じました。僕は、そんな二人の後ろ姿に感銘を受け、納骨の日にお花を届けることにしました。
 
最近では、墓じまいに関する相談や、墓の中にある十個もの骨壺が水浸しになったがどうしたらいいのか、といった相談など、淋しい話が増えています。
 
僕は、「人は土から生まれ、土に還る」そう言われて育ってきました。そのためか、遺骨を土に還す行為は、残された遺族の責任だと思っています。しかし、それは間違っているのだろうか……。そんな風に思う今日この頃です。

 
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◇ 第五話 思い出を「希望の船」に乗せて

土に還りたい。そんな思いを胸に、「自分の骨壺」、「親の骨壺」を作りに来る人達は大勢います。そして、その人達にはその人達のドラマがあり、感動させられます。僕は、そんなドラマの感動を他の人にも伝えていきたい。そう思い、ドラマ集を作成し、希望者へ差し上げています。今回は、その中でもロマンチックなドラマをご紹介したいと思います。
 
希望の船
 
ある日、79歳の女性から電話がありました。
 
「『希望の船』を作りたいので教えてくれますか?」
 
「希望の船」とは「土に還る骨壺」の愛称なのですが、当日、彼女は車の運転ができないため、僕が迎えに行きました。その時に、誰のために骨壺を作るのか尋ねてみると、なんと「骨壺には使わない」と返事がきました。
 
「6年前に亡くなった主人からのラブレターを入れたい」
 
そうおっしゃるのです。初めは、何が言いたいのか分かりませんでしたが、詳しく聞いたら納得しました。
 
実は彼女のご主人は船乗りだったのです。そのため、一度海に出ると何ヶ月も帰って来ない日が続きます。しかし、その航海の間に港へ立ち寄ると手紙を書いては送ってくれ、定年するまでの間に、段ボール三箱分までになったのです。そして、一通一通にそれぞれ思い出があるため、簡単には捨てられず、今も大切に残っているとのことです。
 
そんな大事なラブレター達だからこそ、土に還してあげたい。そんな思いから、今回骨壺作りに至ったとのことです。素晴らしいお話ではないでしょうか。何より、私にも心当たりがあるため、深く共感してしまいました。
 
子供の頃は、タイムカプセルで未来の自分に向けたメッセージを送りました。しかし、今では大切な思い出が数多く、どのような形で整理していくか悩みます。そんな気持ちを「土に還す」のもまた一つの方法だと改めて気付きました。
 
「人は土から生まれ、土に還る」
 
だからこそ、遺骨だけではなく、大切な思い出もまた、土に還すのもロマンチックですよね。そして、何十年、何百年先も、私たちの思い出が肥料となり、幸せな時代への道しるべとなり続けるのではないでしょうか。

 
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◇ 第六話 骨壺を買い出しに

土に還りたい。そんな思いを胸に、「自分の骨壺」、「親の骨壺」を作りに来る人達は大勢います。そして、その人達にはその人達のドラマがあり、感動させられます。僕は、そんなドラマの感動を他の人にも伝えていきたい。そう思い、ドラマ集を作成し、希望者へ差し上げています。今回は、終活の一環として、骨壺をご購入に来られたご夫婦のお話をご紹介します。
 

 
「私は85歳でまだ元気だが、骨壺が欲しい」
 
ある日、男性からそんな電話がありました。「指導しますので、作りに来られませんか」とお聞きしたところ、「暇が無いから作って欲しい」と言われ、さらに、「75歳になる妻の骨壺も一緒にお願いしたい」と二個ご注文をいただきました。
 
約束の一ヶ月後、ドイツ製の高級車に乗って来られたご夫婦。電話をいただいたご主人は、体格もよく、いい日焼けをしており、「85歳だがまだ元気だ」とのお話通り、健康そのものでした。一方、奥さんはお歳よりかなり若く見え、美しく活動的な方でした。二人は、梅と椿の花が描かれた骨壺を見て、「梅は、俺のだから間違えて入れるなよ。椿はお前のものだ」と、やがて来る最後の日を楽しみにしているかのように会話をされていました。
 
高級外車の後ろ座席に、二つ並んだ骨壺を見送りながら、必ず来る最後のために骨壺を買い出しに来られるとは、何ともお洒落なことだ、と感じました。
 
最近では、終活という言葉が広く周知されてきています。残りの人生をよりよく生きるための準備とも言われていますが、このように、最後の拠り所を準備することも終活の一つなのではないでしょうか。
 
終活は、いくつから行うか、確かな定義はありません。そして、骨壺もいつ必要になるか分かりません。元気な今だからこそ、一緒に骨壺を作ってみませんか。きっと、心安らぐお時間をお過ごしいただけます。

 
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土に還る 骨壺